はんだえもん’s blog

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にの秘密

はじめに

 これは日本語に関する考察である。

 言語というものは非常に歴史深く、地域による相違が甚だしい。あり得ない話だが、もし世界中の人間が同じ言語で話せたら、身分差も争いもいくらか和らいでいることだろう。

 争いの根元にはいつも言語のちょっとした相違が隠れている。お金と同じで、円と円なら正確な両替が可能だが、ドルと円の取引を正確に行うことは不可能である。 

 同じように、価値の本質的比重は「言葉」に傾いている。生活環境による価値認識の相違があり、その土地で最も価値のあるものが神格を有する。

 古代日本に於いて、それは三種の神器だった。それぞれの意味するものは蚕、たたら、翡翠である。

 これを取引して、古代日本は商業大国として多くを得た。主な取引先は、中国、インド、そしてイラン。

 陸路ががら空きだったのはシルクロードを中心に栄えた唐の時代まで。あとは海軍を引き連れて過酷な海のシルクロードを通って商品を運んだ。

 翡翠は河南を拠点に中国へ売り、日本は米や食料を買った。鉄や硫黄、金、銀も豊富にとれた。

 採掘は過酷を極めたであろう。金属の溶けた湧水は人にとって有害であり、それを囚人や敵国捕虜を使って掘り出し、その穴に彼らを監禁した。瓶が古くから伝わっていたとしたら、ペルシャの語源は瓶舎(ビヰシャ)に近いものである可能性が高い。ここからは仮説である。

 絹はイランの王族に高値で売れた。インドを経由して、アッシリアバビロニア、ローマの三つ巴(葦原中津国)で取り合う港町スーサ(日本側の港は須佐)と、織物職人の街サマルカンド(ユダ地区に嫁いだタマル家)。

 海の民(海幸彦)である和邇(倭人)。それを束ねる商人(ソグド人)と、それを狙う倭寇はきっと古代からいた。

彼らは国家として正式にぶつかりあったり、隠れて海賊したりした。